国立大学法人 電気通信大学小池研究室

研究内容RESEARCH

小池研究室(大学院情報理工学研究科 機械知能システム学専攻,情報理工学域Ⅱ類(融合系))では,

音波・振動計測,数値解析などにより,生体の構造と機能解明に関する基礎・応用研究を行っています.そして,治療に役立つ新たな計測技術やデバイスの開発,数値シミュレーションによる最適手術法の開発等,幅広い研究と応用を行っています.

研究テーマは大きく分けて以下の4つです.

末梢聴覚器の数値シミュレーションによる最適治療法の開発

①末梢聴覚器のモデル化

空気の疎密波である音は,外耳道を通り中耳の鼓膜にて機械振動に変換されます.中耳は音刺激による振動を効率よく内耳の蝸牛に伝達する役割を持っており,中耳の機械的振動は,内耳の蝸牛で電気信号に変換されます.蝸牛内の基底板と呼ばれる薄膜には内有毛細胞と外有毛細胞と呼ばれる感覚細胞が存在します.有毛細胞の聴毛は基底板の振動により変位し,それにより外有毛細胞は基底板の微小振動を増幅させ,内有毛細胞は基底板振動を電気信号に変換し,聴神経を介して音を脳に伝達します(図1).

図1 ヒト末梢聴覚器の構造および役割

末梢聴覚器の振動挙動は10-9(nm)オーダーで微少である上で,外科的に損傷を受けやすいため,直接計測することが難しく,聴覚メカニズムには未だに不明点が存在します.そのため,コンピューター上に下記のモデルを構築し,聴覚メカニズムの解明を行っています.

  • 中耳および内耳の有限要素モデル(各部の振動挙動モデル)
  • 蝸牛内の機械‐電気ハイブリッドモデル(有毛細胞の電気生理モデル)
  •  モデル詳細はこちら

図2 有限要素モデル

②手術シミュレーションによる最適治療法の開発

生体内における聴覚器の非侵襲的に直接観察することは難しいため,耳疾患の多くはその発病メカニズムや効果的な治療法が明らかにされていません.そのため,理論的裏付けにより各耳疾患が聴力に及ぼす影響を解明し,客観的な知見に基づく最適医療提供へ転換する必要です.構築している末梢聴覚器のモデルに変更を加え,各種耳疾患の病態をモデル化し,様々な耳疾患に対するシミュレーションを行っています.各病態のモデルの挙動変化から病状による聴力低下を評価し,各病状と聴力低下の関係を理論的に示し,その発症メカニズムの解明や臨床医に対して最適な治療法の提案を行っています.

耳鼻科領域における新たな計測技術やデバイス開発

①耳科用探針を用いた耳小骨可動性計測装置の開発

加齢や病変などにより中耳の耳小骨連鎖に異常が生じると,内耳への振動伝達が妨げられ,伝音難聴が生じます.聴力を回復するためには,外科的な処置により耳小骨連鎖を再建する必要があります.その術式の決定には,図1(左)に示す様に医師が術中に短針を用いて耳小骨を押し動かせることにより行うことが多く,医師の経験に依存するところが大きいです.そこで,耳小骨の可動性を定量的に評価可能な計測装置(図1)およびソフトウェアの開発を行っています

図1可動性計測装置

②超磁歪素子を利用した皮下植え込み型補聴器の開発

難聴者への聴力補助手段として,一般的には気導音を利用した気導補聴器が挙げられますが,音圧増幅特性の限界や装着時の閉塞感,外耳や中耳の音響特性の影響を受けやすい等の問題点があります.その対策として,骨導音を利用し,頭蓋骨を直接加振するタイプの骨導補聴器が実用化されていますが,高音域の出力不足や骨導端子の露出による感染症のリスクが問題とされています.小池研究室では,磁界変化によって伸縮する超磁歪素子を振動子として側頭部皮下に植込み,小型で低侵襲かつ高出力な骨導補聴器の開発を行っています.体外から経皮的に電力・信号伝送を行うことで安全性に配慮された設計をしており,インプラント部をより単純化することによって,患者の負担軽減やより実用的な補聴器の開発を行っています.

図2 皮下植え込み型骨導補聴器

③ユビキタス聴力検査装置の開発

難聴者は健聴者に比べ認知症やうつ病の罹患率が高いと報告されており,難聴の早期発見のためには定期的に聴力検査を行う必要があります.現在の聴力検査装置は防音室内で検査を行う必要があり,定期的な聴力検査が困難な場合があります.そこで,騒音下においても正確な聴力検査を可能にすることを目的とし,在宅における聴力検査の実現を目指しています.在宅における聴力検査を実現することで通院が困難な高齢者なども検査することができ,難聴の早期発見に役立つと考えられます.

④胎児の聴覚スクリーニング法の検討

胎生期に聴力検査を行うことで,先天性難聴の早期発見及び根本的治療の導入が見込めると考えられます.そこで,母体腹部上から胎児に音刺激を与え,その際の胎児の心拍数変動と脳波変動を観察することによって,胎生期における聴覚スクリーニング検査の実現を目指しております.

図4-1 胎児心拍数変動計測装置図
図4-2 胎児モデルのシミュレーション

⑤体表振動を利用した内視鏡下鼻科手術危険度検知システムの開発

内視鏡下副鼻腔手術では,手術器具が眼球周りの脂肪分を吸引し患者の視力が低下する恐れがあり,これを防ぐため医師が患者の眼球を押しその様子を内視鏡で確認しています(左図).この手法は医師の経験に依存しているため,小池研究室では,左右の眼球の振動に着目し,これらを微小な振動を計測することができるPVDFフィルムを振動センサとして用いで計測することで術中の危険度を定量的に判断可能なシステム(右図)を開発しています.

術中の安全確認様子
PVDFフィルムを利用した眼球振動計測システム
持続可能な農業生産のための新たな総合的植物保護技術の開発

作物の安定生産のためには病害虫の防除が必要不可欠です.現在,病害虫の対策として化学農薬を使用した化学的防除法が主流ですが,長期にわたる農薬の使用は害虫の薬剤抵抗性の発達や,環境への影響が懸念されています.そこで,小池研究室では新たな防除技術として農薬代替となる環境調和型の新しい防除技術の開発を行っています.植物体を介して害虫に伝わる基質振動を用いた防除技術の開発を行っています.昆虫が忌避する振動を用いることにより,環境調和的に回避行動を引き起こすことや産卵行動,交尾行動を抑制させる効果が期待できます.

図 トマト栽培地でのGMMノッカによる加振試験

近赤外光を用いた咽頭腔残留食物の非侵襲検出法の開発

嚥下反射後に咽頭腔の梨状窩に残留した食物が気道に入り込むことで誤嚥が生じることがあります.梨状窩における残留食物の有無を非侵襲で検出することが出来れば,誤嚥の危険性の早期検知が可能となり,誤嚥防止に大いに役立つと考えられます.この残留食物の有無を判定する方法として,蛍光を発する食物を摂取し,近赤外光を用いて体外から蛍光を検出することにより,嚥下反射後に咽頭腔に残留した食物を非侵襲に検出する技術の開発を行っています.人体に無害なレーザー光を用いることで,放射線曝露の危険性がある従来の嚥下検査に替わる,より安心・安全な検査が見込めます.

図 近赤外光を用いた残留食物検出システム